コマメディア 〜史上最弱の仏弟子コマメ〜

雑誌、書籍で活動するライター森竹ひろこ(コマメ)が、仏教、瞑想、マインドフルネス関連の話題を紹介。……最弱なのでおてやわらかに!

【報告】佐藤研先生の「禅キリストとキリスト教」(朝カル)を受講しました

先日、朝日カルチャーセンター新宿教室で、佐藤研先生(さとう みがく:立教大学名誉教授)の「禅キリスト教キリスト教」を受講した。

 

佐藤先生は日本における新約聖書学の第一人者にして、禅宗三宝教団)の在家指導者でドイツでも頻繁に接心を開催されている。

その先生が禅とキリスト教を語るとなれば、面白く(interesting)ないわけがない。

 

佐藤先生は「禅」を以下のように説明されている。

 

「禅」とは、「禅那(ぜんな)」という言葉の省略形です。禅那とは、古代サンスクリット語のdhyana(ジャーナ)という言葉を漢字を使って音写したもので、もともとは、「自分の中に深く没入する」という意味です。それは、主として、足を組んで「坐る」という仕方で行われました。つまり、「坐・禅」です。というのも、この仕方が心身にいちばん安定感を与えるからです。お釈迦様も、その探求の最後にはこの方法で悟りに至りました。

 

ですから、「禅」あるいは「坐禅」とは、仏教よりずっと古く、古代インドの時代から存在した修行法でした。それは、お釈迦様より後の時代では、いわゆる「仏教」、それも主として「禅宗」によって担われてきたのですが、元来は、人間なら誰にでもできる、「本当の自分」を見出すための道だったのです。その意味では、「禅」や「坐禅」は、ふつうに言う意味での「宗教」を超え出たものと言えるでしょう。 (三法教団HPより)

 

佐藤先生は「禅」を仏教固有のものではなく、人類普遍の「本当の自分を見出すための道」という認識のもとにお話をされている。ここは、抑えておきたい。

 

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講義は、まず2分間の沈黙(黙想)の時間を持ち、場が落ち着いたところで、「今日のテーマは僕にとって関わりの深いものです。いろいろ反対意見もあると思いますが、個性的な理解としてお聞きください」という挨拶から始まった。

 

講義は問題提起から始まり、キリスト教の基本的特徴の説明、坐禅の効用、さらに現在のドイツにおける「禅キリスト教」の姿とこれからの展望へと、1時間30分のなかでコンパクトに、しかし密度濃く行われた。

「中世なら異端にされてしまうかもしれませんが……」と言われるほど、講義はラディカルな話題も多く刺激的。あっと言う間に終了時間となった。

 

朝日カルチャーセンターは講義内容の著作権が講師と朝カルにあるため、あまり詳しくは書けないが、気になったところをいくつか。

 

欧米では日本以上に禅が一般の人に親しまれているが、アメリカはビートニクやヒッピームーブメントなどカウンター・カルチャーから広がったのに対し、ドイツではキリスト教徒が信仰を深いところで理解するための「補完物」「代替物」として普及した。

さらに現在では、禅体験の視点からキリスト教をあらためて吟味し、換骨奪胎的に再定義して実践する「禅キリスト教」といえる動きがあるそうだ。

 

佐藤先生は、禅のある種の境地を<本質>と表現される。

キリスト教のキーワード(神学項目)でもある「復活」や「贖罪」などは、<本質>的な体験を神話化したものであり、神話的な話を受け入れられない現代人も、禅で<本質>を体験することで神の世界に気づくことができると指摘。

さらに、禅で得た<本質>的な体験をキリスト教から読み解くことで、神学項目の理解が変貌していくことを示唆された。

 

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ところで、佐藤先生は自分で体験することで信仰を深めていく「禅キリスト教」は、先進国において凋落していくキリスト教に新生をもたらすと提言されたが、これは仏教にも言えることではないか。

日本や、都市化の進むアジアの仏教国では、仏教離れが深刻になっているという。でも近年、自ら瞑想や禅をする在家が増えてきた。与えられた教義をそのまま信じることが難しい現代人にとって、自分で体験して納得することが、これからはどの宗教をにおいても求められているように感じる。

 

実際にシェア(質疑応答)では、幼児洗礼を受けたが現在は教えに違和感があり教会に通っていない人が、「今までの疑問が解消した」と感激を混じえて話されたのが印象的だった。

 

また個人的には、瞑想や禅などで得られた体験が、その人の属す文化(宗教、思想など)の文脈で理解されて、自他の苦しみを和らげていくに至るプロセスが最近の関心事のひとつだが、その方面からも大きな知見を得ることができた。タイムリーな受講だった。

 

(おまけ)

興味深い講座を受けた時はノートをとったものを、ワードで清書しています。

少し面倒なところもありますが、よい予習になります。

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