2016年9月5日(月)、パシフィコ横浜のメインホールで開催された、日本心理臨床学会 第35回秋季大会「国際交流委員会企画シンポジウム 」を聴講しました。
日本文化に適した心理療法の発展を考える
――仏教を源流とする“マインドフルネス”をテーマとして――
司会者: 金沢 吉展(明治学院大学)
第 1 部 基調講演『マインドフルネスとは何か−米国での実践から日本への提言』
講演者:大谷彰(Spectrum Behavioral Health・米国)*1
第 2 部 シンポジウム『仏教とマインドフルネス、そして日本文化と心理療法』
指定討論 1: 下山 晴彦(東京大学)「臨床心理学の観点から」 指定討論 2: 藤田 一照(曹洞宗国際センター所長)「仏教の観点から」
第1部 基調講演
大谷彰先生は、メリーランド大学カウンセリングセンターシニアフィリエイト。
アメリカのマインドフルネス・ムーブメントを最前線で経験され、しかも仏教の知識も豊富。日本人として、アメリカのマインドフルネスを臨床から語れる第一人者ではないでしょうか。
『マインドフルネス入門講義』(金剛出版)という入門書も書かれています。
講演は、アメリカでマインドフルネスが大衆化、世俗化をされていく過程を俯瞰しつつ、これからの日本でのマインドフルネスの展開を考えていく、といった流れで進みました。
アメリカのマインドフルネスの歴史的背景
まずは、米国文化にマインドフルネスが受け入れられていく課程を、
19世紀のR.エマーソンやH.ソローら超絶主義者から始まり、
鈴木大拙、鈴木俊隆、ティク・ナット・ハンら禅師の活躍、
テーラワーダ仏教瞑想の伝播、
英国人によるインサイト・メディテーション・ソサエティ(IMS)の設立、
チベット仏教の瞑想の伝授、
そしてカバットジン博士のマインドフルネスストレス低減法の開発をへて、
現状にいたるまでを紹介されました。
なかでも、マインドフルネスの世俗化が始まったのはアメリカではなく、それまで普通の人(在家)には教えること禁じられていた仏教瞑想を、19世紀末からレディ・サヤドーがビルマで教え始めたのを起源とする指摘には、大きくうなずけました。
マインドフルネスの2重パラダイム
マインドフルネスが一枚岩でなくなったアメリカでは、「ピュア・マインドフルネス」と「臨床マインドフルネス」にわけて考えているそうです。
ピュア・マインドフルネスは八正道の一つの正念であり、仏教的ライフスタイルのもとで実践するもの。
対して臨床マインドフルネスは、心身の治療や健康増進・維持などの目的をもって行なわれるもの。集中力アップや能力の向上など、ビジネスの世界で使われるマインドフルネスも、この部類でしょうか。
マインドフルネスの女性化と、白色化
気になったキーワードのいくつかを紹介します。
アメリカではマインドフルネスの実践者は、女性が7〜8割を締めるようになり、「マインドフルネスの女性化」と呼ばれているそうです。
また、アメリカで行なわれているマインドフルネスは、宗教色を脱色したと言われていますが、その本質はマインドフルネスの「白色化(白人化)」であり、お金も、学歴もそれなりにある白人に受け入れられるように、カスタマイズされたとの指摘がありました。うーん、その先には商品化へとつながるのでしょう。
実際、アメリカでは「メディーテーション/マインドフルネス産業」の売り上げは、2015年は約10億ドル(約1,120億円)になり、大きな市場に成長しています。
マインドフルネスの日本での展開
話題は、これからの日本の展開へと進みます。日本では脱仏教化をしないことを願う大谷先生は、仏教瞑想のエキスパートとの連携を提案されました。
プラユキ師、藤田一照師、山下良道師の名前がみえます。
大谷先生によると、日本は仏教瞑想の文献(書籍なども含む)が多いそうです。
例えば、プラユキ師は書籍でもたびたび瞑想中のラベリングがもたらす弊害を指摘されていますが、そういった情報はアメリカにはないそう。もっと海外に発信すべきでは、と提言されました。
第2部 指定討論
1、下山 晴彦(東京大学)「臨床心理学の観点から」
下山晴彦先生は、日本にはすでに東洋の伝統であるマインドフルネスがあるのに、アメリカのものをそのまま逆輸入して有効なのかと、臨床心理学の視点から問いかけました。
2、 藤田 一照(曹洞宗国際センター所長)「仏教の観点から」
禅僧の藤田一照師は、「ピュアなマンドフルネス」と「世俗のマインドフルネス」をわけるのではなくて、歩み寄る作業が必要ではないかと問われました。そして、その作業をする条件が整っているのは、日本ではないかと提起。
しかしその前に、マインドのOSを、近代的な自我の文脈で使う「meのOS」から、人間だけでなく一切衆生や自然までもふくむ「weのOS」へのアップデートの必要性を強調されました。
「本来、マインドフルネスはつながりのパラダイムである、weのOSのなかで使われるものです。meのOSで使うと、ピュアなマインドフルネスはもちろん、世俗的なマインドフルネスをしても、うまくいかないのではないでしょうか」
二時間ほどでしたが、密度が濃く、充実したプログラムでした。「ピュア・マインドフルネス」と「臨床マインドフルネス」は、仏教のマインドフルネスと、テクニックとしてのマインドフルネスが、同じ土壌で語られるようになった日本でも、混乱をふせぐために使える概念かもしれません。
大谷先生のマインドフルネスの世俗化への警戒、下山先生のそのまま逆輸入することへの疑問、藤田師の「ピュアなマンドフルネス」と「世俗のマインドフルネス」を歩み寄せる作業や、weのOSへのアップデートの必要性などなど、一つ一つ留めておきたい指摘だと感じました。
(おまけ)
大谷先生の講演は、アチャン・チャー、レディ・セヤドー、マハーシ長老の大きな写真がドーンと並んで投影されたり、上記のパワーポイントにも書かれていた三人の日本人僧侶だけでなく、著述家・翻訳家の星飛雄馬氏や、仏教研究者の魚川祐司氏の名前が出たり……臨床心理士以上に、仏教カルチャー雑誌『サンガジャパン』(サンガ)の読者にストライクに響くような内容。私も思わず身を乗り出して聴講していました。
*1:
大谷彰先生プロフィール :大阪市に生まれる。1978年上智大学外国語学部(英語科)卒業後、米国西ヴァージニア大学大学院(カウンセリング心理学)に入学。大学院在学中、ミルトン・H・エリクソンの遺志を継いだケイ・F・トンプソン博士に師事し臨床催眠学を学ぶ。1986年米国メリーランド州ジョンズ・ホプキンス大学大学院准教授に就任。1989年より2008年までメリーランド大学カウンセリングセンターにてシニア・サイコロジストとして臨床活動に携わる。現在はメリーランド州アナポリスにあるSpectrum Behavioral Healthにてサイコロジストとして勤務。米国臨床催眠学会理事会幹事(Secretary,2012‐2013)、研修認定委員長(2012‐2014)、常任理事/フェロー。米国催眠学術学会会員(ABPH)。教育学博士(カウンセリング心理学)