コマメディア 〜史上最弱の仏弟子コマメ〜

雑誌、書籍で活動するライター森竹ひろこ(コマメ)が、仏教、瞑想、マインドフルネス関連の話題を紹介。……最弱なのでおてやわらかに!

【シェア】来日されたスカトー寺僧侶方の1日瞑想会に参加しました(午後の部II)3

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               来日されたスカトー寺僧侶方の1日瞑想会に参加しました(午後の部II)2

 

 

 手動瞑想

ワークで場があたたまったところで、本格的な瞑想実践です。
トゥム師の指導で手動瞑想とブットー瞑想を行いました。これはプラユキ師の瞑想会でもおなじみの瞑想ですね。

 

「手動瞑想で最も大事なのは、リラックスしていることです」

「思考が出たら、動きに戻ります。グーッとはまり込まないで、ただパッパッと気づいていきましょう」

「笑顔でやりましょう。笑顔になると眠気が入りにくくなります。笑顔は他の人だけでなく、自分にも向けてあげましょう」

 

指導も基本的に同じで、スカトー寺の伝統であるタムレンレン(遊ぶように)精神もそのままでした。

 

 

歩行瞑想

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 歩く瞑想は丘陵の敷地を利用した階段庭園や、木々の若葉が眩しい「思索の森」を、ノース師を先頭に1列になって歩きます。

僧侶方は力強くも悠々と、裸足で歩かれていました。

 

ところで、思考から離れる歩く瞑想を、「思索の森」でするのはちょっと矛盾を感じますが……

 

ノース師

「歩行瞑想中に『ここで曲がろう』などの意識的思考はOKです。でもそれ以外は考えないで、一歩一歩気づいていきましょう」

 

なるほど、思索(筋道を立てて深く考えること)も意識的思考と言えるので、矛盾はないのでしょうか。思考については、この後の質疑応答で詳しく解説されているので、続けてお読みください。

 

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質疑応答

最後の質疑応答では、瞑想やテーラワーダ仏教に初めてふれる参加者が多いだけに、好奇心あふれる質問や、素朴だけど大切なことを捉えた質問が次々に出ました。そのなかから(午前の質疑もふくめて)いくつか抜粋します。

  

質問者1「ノースさんは音楽を聴いたり、キックボクシング(ムエタイ)やサッカーを見たりしないのですか?」

ノース師 

今まで慣れ親しんでいたので、出家した頃は我慢していました。でも戒律を守っていると、そういった娯楽がなくても大丈夫だということがわかってきました。

娯楽は感情を刺激して心をアップダウンさせますが、そういった世俗的な心の状態ではなく、外側に依存しないという幸せがあります。ですから、音楽やスポーツがないと楽しくなれないのではなくて、なくても楽しく幸せでいることができます。

 

 

質問者2

思考や考えは、否定的なことですか?

ノース師 

思考は悪いものではありません。思考はただの思考です。思考は思考であると知りましょう。

質問者2

先ほど手をパンッとたたかれましたが、パンッと音がしたという事実と思考を切りわけるということですか?

ノース師

それは切り離して見るのではなく、元々別のものです。

パンと音がして、その後「なんで手をたたいたのだろう?」と考えたことに気づいてください。「思考は煩悩だから起こしてはいけない」ではなくて、勝手に起こってくるものなので、それに気づけばいいのです。

初めて会う人には、「この人好き」とか「嫌な感じ」という考えが起こってきますね。それにしたがって頭の中で、物語がグルグルと始まります。例えば「嫌な感じ」と思った人が隣に来ると、「嫌だ、来てほしくない」とよけい苦しくなったりします。

でも、私たちは気づきのトレーニングをすることで考えにはまり込まずに、そこから自由になれます。

 

 

質問者3(手動瞑想実践者)

日常生活では、どうしても思考を必要とする時があります。

 ノース師

仕事中に意識的におこす思考は問題ではありません。問題なのは勝手に起こってくる思考です。私たちの苦しみのほとんどは、これにハマりこんでいるために起こります。

 思考の流れは、海の波に例えることができます。気づきがないのは、魚のように海の中で泳いでいる状態です。でも船に乗っていると、大波小波いろんな波がきてもはまり込まず海面に浮いています。魚の状態から、だんだん船の状態になっていきましょう。

 波は苦しみのもとである煩悩(貪瞋痴)に例えることもできます。一番安全なのは岸にいて海を見ている人。それが悟りです。

「いつになったら悟れるのだろう」と、遠いことのように思えるかもしれません。でも1回1回気づき、1回1回苦しみから離れていくのが小さな悟りです。悟りは1回1回のトレーニングのなかにあります。

 

 

ノース師のお話は誰にでもわかりやすく、実践者にはさらに深いところまで届くものでした。

そして、場作りの巧みさ!出家前は社会福祉の分野でファシリテーターとして活躍されていたそうで、新世代の僧侶の一つの姿を見るようでした。

 

その佇まいからも人生経験の深さが伝わるトゥム師からは、機会があればもっと話をお聞きしたかったです。

そして、いつも朗らかな笑顔で、そこにいるだけで場を和ませてくれるジョー師。(実はマンガ的な絵がすごく上手です!)

年齢も経歴も、個性も違う3人のテーラワーダ僧が日本に来られた仏縁を、ありがたく思います。

 

そして、このツアーを企画運営された浦崎雅代さんに感謝です。

聖俗まじえて10人ほどのツアーをまとめ、各地でイベントを開催し、的確な通訳までされて……全方位でのご活躍でしたね。